稲刈りと田舎で暮らしていくということ
昨日、いつも美味しいお米やお野菜を作ってくださっているノリランカ農園さんの稲刈りの会に参加してきました。
9月に収穫されたノリランカさんで収穫されたコシヒカリの新米をちょうど先日いただいたばかり。
今まで食べたことがないような衝撃の美味しさに、息子は「のりこちゃんのお米うますぎー!!!」と大興奮。
今度は、ヤマビコという品種の稲刈りということで息子とさっそく行ってきました。
吉備高原の山の上にあるノリランカさんの畑と田んぼ。
標高は350mあり、風がひんやりと涼しい。
一般的な収穫方法では、コンバインで刈取り、籾を短時間で火力乾燥して米にす る場合が多いのですが、ノリランカさんは昔ながらの「はざ」にかける天日干しを大切にしています。
ノリランカさんによると、刈り取られた後も稲は生きていて、日の光を浴びながらゆっくりへと次世代に続く種として実を充実させていくそうです。
そしてゆっくりと水分を下げる間に、旨味や甘味が籾に移行していくとされており、一見非効率であっても、自然のリズムに沿うことの大切さを教えてくれます。
刈取りも手押しの機械は使いますが、機械が入れないぬかるんだ場所は人の手で丁寧に刈り、一束一束はざにかけて干していきます。
息子は最初は稲刈りのお手伝いをしてくれましたが、10分もしたら遊びたくなって、お気に入りの下駄に履きかえ、トノサマガエルやモリアオガエルを捕まえたり、そのうち裸足になって
「つめたくて気持ちいい〜」とぬかるんだ田んぼの上を裸足で歩く自由人・・・。
大地のエネルギーを足裏にいっぱい受けて、気持ちいいんだろうなぁ。
初めての稲刈りは中腰の作業で、ぬかるみに足をとられながらで、決して楽ではありませんが、刈り取った稲に実ったお米一粒一粒が愛おしく感じます。
たくさんの人が集まったお陰で午前中に作業は終了。
お昼は新米のおにぎりと、一品持ちよりの美味しく楽しい昼食会。
一品持ち寄りっていろいろな家庭の味が楽しめていいなぁ。
肥料も農薬も一切使わないコシヒカリのおむすび本当に美味しかった。
午後は畑を見学させてもらい、子ども達は摘み取ったばかりのトマトやほおずきの実を「甘い!」とパクパク食べながら、なんて贅沢なお散歩。
ノリランカさんによると、この地に引っ越して7年目で今年初めて、農薬も肥料も一切使わないお米ができたとのこと。
畑は自然農でできたけれど、田んぼはお借りするのに、近隣の方とやり方を合わせないといけない状況だったそうです。
自分達のやりたいことを押し通すのではなく、地域のやり方を習い従い、少しずつ少しずつ「ようやるなぁ」と認めてもらい、7年目にしてようやく「あんたらのやりたいようにやればいい」と言われたそうです。
よく「田舎に行くと自由にできていいね」と思われがちだけど、とんでもない。
田舎だからこそ地域はよく見ているし、お世話になるのだから、時間をかけて地域の人達と良い関係を築いていかなければ、本当の意味での「田舎暮らし」にならない。
新しく来た地でいろいろ苦労しつつも、少しずつ地域に認められていきながら夢を実現していったノリランカさんを素晴らしいと思う。
田んぼから見える里山の風景の美しさに思わずシャッターを切る。
昔はこうした景色を「のどかでいいなぁ」とか思っていた。
だけど、私も地方に暮らして1年半経って分かってきたこと。
こうした風景はのどかに見えて決して当たり前にあるものではない。
草を刈り、水路を掃除し、木を間伐し、イノシシよけの柵を張り、先祖代々その土地でずっと暮らしてきた人たちのお陰で守られてきたもの。
「無農薬」とかも大切だけど、それだけではこの風景は守れない。
この地を守ってきた地域の人達の苦労を思うと、自ずと感謝や畏敬の念が湧いてくる。
まだまだ「分かった気になるな」と言われそうだけど(^^;
そんな生活に根ざした先人の智慧を私もこれから少しずつ学びたいと思う。
そうして、この地域と自然と調和しながらできあがったノリランカさんの新米は生命力がギュッと詰まった奥深い味。
大切に、大切にいただきたいと思います。